コラム ・
来ら夢
安斎育郎先生は、福島の事故を放射能という「理科的な側面」から見るだけでなく、なぜ原発列島になったのかという「社会的な側面」から見据えることの大切さを説いている●原爆投下した米国が、アイゼンハワーの「核の平和利用」演説(53年)で国際非難から核戦略をごまかした。翌年3月1日の第五福竜丸事件をひた隠しにしながら、平和利用=原発を推進することで核開発を継続してきたのである。その意を受けて同年3月3日に、あの中曽根康弘が唐突に原子炉築造予算を通したのであった。彼は「一等国家をめざしての先見性であった」という趣旨の発言をしているが、彼の言う一等国家とは「核保有国」である。この年には自衛隊と防衛庁ができ、翌55年には憲法9条改定をうたう自民党ができた。その後輩で次期総裁と言われる石破茂は昨年「核の潜在抑止力を持ち続けるためにも原発をやめるべきではない」などと言っている●どんな日本をつくるのか?が問われている原発事故である。米国の核戦略の危険な「核にあふれた」国づくりにストップをかけることは人類史的な意義を持っている。同時に財界など強い者はその甘い汁にたかっていることが知れてきた。「紫陽花(あじさい)革命」は対峙する国民の良識である。
(福島県革新懇ニュース・「来ら夢」から)
涼しさを送ります 雄国山麓の冬