世界一のメグスリノキを育む喜多方・雄国山麓からブログ発信中!喜多方市議 1級建築士 飯豊の山の案内人 Mail:miyabi-7@plum.plala.or.jp
by まさとチャン
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
画像一覧
最新のコメント
お早うございます、yac..
by tanaka-masato at 08:51
忠君愛国、儒教道徳、修身..
by yachotori at 05:26
こんにちは、yachot..
by tanaka-masato at 14:47
山のある風景、いつ見ても..
by yachotori at 05:41
お晩なんやした、yach..
by tanaka-masato at 19:08
自由とは何をやってもいい..
by yachotori at 17:07
お早うございます、yac..
by tanaka-masato at 07:35
老朽化更新、耐震化工事で..
by yachotori at 22:43
お早うございます、Sip..
by tanaka-masato at 08:21
お山はまだまだ雪に包まれ..
by Sippo5655 at 21:37
記事ランキング
検索
最新の記事
♪教訓Ⅰ
at 2017-04-24 21:36
2200回目のブログ
at 2017-04-19 22:18
現憲法と「教育勅語」
at 2017-04-17 12:02
塩川・山都の総合支所建設スタート
at 2017-04-12 20:40
待機児童は現在5名
at 2017-04-04 23:39
日本一の安倍批判
at 2017-03-31 14:03
14名の卒業式
at 2017-03-23 19:28
喜多方でエネルギー地産・地消..
at 2017-03-18 22:56
「共謀罪」認めない!を可決
at 2017-03-15 11:02
原発震災から丸6年
at 2017-03-11 22:51
カテゴリ
全体
毎日はハプニング
市民のくらし
議会は市民のために・・・
市民要望の実現を!
平和と憲法のこと
山と自然とまさとチャン
えっホント?
粋・ものづくり
地域のできごと・行事
建築・街並みウオッチング
家族・親戚のこと
新市・合併のはなし
未分類
フォロー中のブログ
ITエンジニアで2児のP...
森林・林業データベース
日本の行く末
会津のはてから。
sudigital af...
ごいっちゃんの議員活動報告
とおます格付け日記
小さな手紙
陶芸ブログ ぶらり
絵的生活
パラダイス大工
杉本敏宏のつれづれなるままに
irei blog
OMソーラーの家「Aib...
ひとりごと、ぶつぶつ
KOSA日記
楽家記(らくがき)
ペナン島へようこそ!
MARI ★ COLLE
美術と自然と教育と
田中英語塾講師の日記
フランス存在日記
コバチャンのBLOG
あったかフローリングのe...
薪ストーブ大好き
オルトさんの Has H...
木の気持
写真でイスラーム  
縄文ドリームタイム日記
自然大好き
NED-WLT
アナログの家が好き!高座...
北国の花鳥風月
Ever Green
Yan's diary
ひろゆきの活動日誌
Dabblin' Day...
北の街 札幌-2
「人と地球にやさしい建築...
photo-column...
建築家とつくる木の家 光...
ばーさんがじーさんに作る食卓
板橋区のいたる所にいたる...

夕張市議 くまがい桂子 ...
鰻の寝床日記
masamiの気まぐれ写真集
鉄人の鉄人は鍛鉄の鉄人・...
山と建築
酒と築地と肴と料理
北海道の造形教育を考える
淡路島から発信 ざわわブログ
家づくり西方設計
カメラをお供に
奥様よりちょときれい! ...
村人生活@ スペイン
日本がアブナイ!
四季の予感
イコノメ
感じたままを写真に・・・Ⅱ
9条守りたいね
水・水・水 №3
フローリングのお手入れ・...
Snap of 鎌倉
Wind Tribe S...
月のかけら
Mita kuuluu?
そんな日は海幸橋を渡って
howdygoto's ...
氏原巨雄の雑記鳥
絵手紙遊印彫師・夢追い人
會津っ子 日記
たきた敏幸日記
森の暮らし  たいまぐら便り
クロアチアの碧い海の夢
建築に夢をみた
工藤祥三
Under the Su...
アジアⅩのブログ
野鳥大好き!闘将・N
☆★☆東欧の空から☆★☆
13days
札幌便り
第一宅建設計ブログ
トスカーナ 「進行中」 ...
酒井徹の網絡日誌――日記...
いまどきの義民の呟き
自然とのふれあい
平野部屋
風につく
中村佑介の黄色い日記
道草
花それぞれ
野鳥撮小屋
おべんとう日記vol.2
身近な自然を撮る
自然画・感察スケッチ・流...
雅(みやび)
田口ランディ Offic...
南信州木楽日記
IKEDA隊長BLOG
続々定年マジかのおやじ日記
光と風の中で
岡山県美術家協会
カエルのはんこ工房
vege dining ...
NEW YORK KAZ...
レイコさんの鹿児島スケッチ
☆太陽と雪☆
七色さんぽ
a day in the...
Photo Galler...
アヤスズキノブログ
陶芸ブログ 限 無 窯 ...
街を美術館にしよう! ま...
一茎草花
EURO SNAP
オルガニスト愛のイタリア...
ソロで生きる
板垣真理子 の 最新日記
ぴーすこ ぱーすこ
横内事務所のメモランダム
Sippo☆のネイチャー...
ツジメシ。プロダクトデザ...
ここちいいところ
Cerise*Cerise*
心と体の癒しのメッセージ
津野千佳 アートの日記
風に吹かれて
たびびとの陶芸日記
walk this wa...
これが昭和のお弁当!!
思いのままに・・・
農家の嫁の事件簿 +(ぷらす)
福島県立テクノアカデミー...
田中サトエの怒りと涙と汗と笑顔
夢色とうめい
お山歩日記
荒野にて
談話室もぐら:別冊Las...
写真とパピオン大好き3
會津佐藤靴店
ライフログ
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
more...
その他のジャンル
最新のトラックバック
ノートルダム大聖堂とラテ..
from dezire_photo &..
venussome.com
from venussome.com
http://while..
from http://whileli..
タグ
Skypeボタン
ブログパーツ
ブログジャンル


会津藩士の「避難者名簿」発見さる!

 
 本日の地方紙(1/3付福島民友)は、戊辰戦争降伏後、会津藩士の「避難者名簿」3591家族分が発見された、というニュースです。取りあえずメモしておきたいと思います。
  なんと八重の桜の新島八重さんは、川崎八重としてわが町塩川町に避難していたのですね。最新資料を基にさらに詳しい解明が待たれます。楽しみにしたいと思います。


 「幕末の戊辰戦争で敗れた会津藩の藩士の一家3591家族、1万3357人の避難先や人数が記され、現代の「避難者名簿」といえる史料が会津若松市で発見された」
 「史料からは、藩士の家族が会津各地に分かれて過ごした実態が判明。NHK大河ドラマ「八重の桜」で描かれた新島八重も塩川村(現喜多方市塩川町)に居住していたことが分かった。専門家は「会津藩史の空白部分を埋める貴重な史料」とみている」

 「会津藩は1868年、約1カ月に及ぶ籠城戦を経て鶴ケ城を開城した。藩主の松平容保(かたもり)や藩士たちは、現在の猪苗代町や東京、新潟県などで謹慎を余儀なくされた。その後69年に青森県・下北半島で斗南(となみ)藩として再興することが許され、藩士たちは移住した。一方、藩士の家族の女性や15歳未満と60歳以上の男性は無罪とされ、会津に残った。ただ、城下は焼け野原となったため人が住めず、新政府が近村の農家に住むよう指示し、コメと現金を支給した」

 「史料は冊子2冊。村名と当主である藩士の名、家族の人数が書かれている。降伏から斗南移住までの1年半~2年にわたり、352の村に分かれて暮らしていたとみられる。村別の家族数で多いのは〈1〉御山村(現在の会津若松市御山地区)149家族〈2〉塩川村(現喜多方市塩川町)107家族〈3〉坂下村(現会津坂下町)78家族だった」

 「鶴ケ城で男装して戦った八重は、戊辰戦争後から70年に山形県米沢市に住むまで、その動向は不明だった。史料では、八重の最初の夫で、会津藩校「日新館」の教授だった川崎尚之助の名があり、「塩川村 川崎尚之助 2人」と記述。さらに実家の山本家は「塩川村 山本権八 5人」とある。このことから八重は母親らと現喜多方市塩川町に住んでいたとみられる」

※ 今日は仕事始めの4日、喜多方プラザでは午前10時から”新春の集い”が開催され出席してきました。

b0092858_21321013.jpg
 
冬のおかめ柿

[PR]
by tanaka-masato | 2017-01-04 21:43 | えっホント? | Comments(6)
Commented by yachotori at 2017-01-04 22:42
戊辰戦争降伏後の名前と居場所が分かる資料、よく分かりませんが
凄い資料なんでしょうね。私もその資料から読み解ける史実を早く
知りたいと思いました。
Commented by tanaka-masato at 2017-01-04 22:51
お晩なんやした、yachotoriさん。
大変貴重な、空白を埋める資料が出てきました。詳しい方がお
られますから分析や検討は早いと思います。それにしてもわが
町に八重さんはしばらくの間おられました。大変な苦労が偲ば
れますね。
Commented by shata3438 at 2017-01-06 14:48
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
戊辰戦争降伏後の会津藩士の「避難者名簿」発見とはよく見つけましたね。昔の人はまめに記録を残していたのでしょう。
Commented by Sippo5655 at 2017-01-06 21:59
貴重な資料が見つかって、、
日本の歴史に新たな新事実が加えられるでしょうか!
記録として残すことって、本当に大切なことですね。

いよいよ仕事始め。
お疲れ様でした!

お正月って寒いけど、空気が澄みきって
本当に心身清まりますよね。
Commented by tanaka-masato at 2017-01-07 09:29
お早うございます、シゲさん。本年もよろしくお願いいたしま
す。記事中に「藩士の家族の女性や15歳未満と60歳以上の
男性は無罪とされ、会津に残った」とありました。”無罪”とさ
れたという点、”勝てば官軍”と重なります。塩川町には3~400
名が避難していたようです。記録を見たいものです。
Commented by tanaka-masato at 2017-01-07 09:34
お早うございます、Sippoさん。
空白となっていた部分の解明が進むと思います。大変貴重な発
見となります。
凛とした空気感が初春にはありますね。今年も心新たに前進を
目指したいと思います。仕事始め、スタートです。有難うござ
います。
<< 市の成人式 新しい世界地図 >>